アメリカの攻撃的保護主義

アメリカの輸出補助金の仕組み

農業経済学者の鈴木宣弘は、アメリカの農業補助金制度を「攻撃的保護主義」と呼ぶ。鈴木によれば、米国の農家の農業所得に占める政府からの直接支払の比率は5割前後である。それに対し日本は16%にすぎない。日本では「日本の農業は過保護にされすぎて、それゆえに競争力がないのだ」という、マスコミや経団連が振りまく虚偽の言説が広く信じられてきた。しかし日本の農業保護は、米国のそれと比べても遠く及ばないのである。また日本で農業補助金とされているものは、農家に直接に支払われたわけではなく、実際には建設業界に支払われていたのである。

米国の穀物輸出補助金の仕組みは以下のようである。米国政府は、自国の農家が満足に暮らし営農を再生産するために必要な目標価格(A)を決める。ところが国際市場で競争力を持つための市場価格(B)は、A より低い。そこでAとB の差額(A─B)は、全額政府が所得補填する。そのダンピング輸出により、米国の穀物は必ず国際競争力を持つというわけだ。

政府から農業経営体への直接支払は、「固定支払」「不足支払」「融資不足支払」の三本柱からなり、国際社会から大きな批判を受けながらも、その制度は維持され続けている。

米国の綿花の輸出補助金は、先に見たようにインドの綿花農家を次々に自殺に追い込む原因となっている。米国の経済学者ジョセフ・スティグリッツは、アメリカの綿花補助金について以下のように論じている。

農業も、アメリカが推進した貿易自由化計画に内在していたダブルス夕ンダードの一例だった。われわれはアメリカの生産物に対する需要を引き下げ、アメリカの輸出品と競合する生産物への助成をせまっておきながら、発展途上国が生産した商品にたいするアメリカの障壁は引き下げず、しかも多大な助成金を以前と変わりなく出しつづけた。(中略)

たとえば綿花ひとつをとっても、充分に豊かなアメリカの農家2万5000戸に与えられた助成金の総額は、生産される綿花の総額を上回っていたため、綿花の世界価格は大幅に引き下げられた。世界の総生産高の三分の一を産出するアメリカの農民は、1ポンド当たり42セントという国際価格の2倍もの生産コストをかけているにもかかわらず、乏しい生活費を綿花に依存している1000万人のアフリカ農民を犠牲にして儲けを得たのだ。あおりを受けたアフリカのいくつかの国は全収入の1〜2%を失った。

そして2005年には、WTO の紛争処理委員会において、「綿花に対するアメリカの補助金はWTO 協定違反」という裁定が下った。当然であろう。しかし驚くべきは、今も米国の綿花補助金は維持され続けていることである。米国の2008年農業法では、向こう5年間の農業補助金の予算規模は2850億ドルとされている。もちろんその中には綿花も含まれる。

アメリカの輸出補助金付き穀物で攻撃されたら、途上国の穀物生産は破滅してしまう。実際、メキシコ、エルサルバドル、ハイチ……と多くの国々がアメリカの輸出攻勢を受けて、自国の自給的穀物生産を衰退させた挙句、国際価格の高騰によって2008年には深刻な食料不足に直面し、餓死者も出る事態になった。アメリカが仕組んだ飢餓輸出といえる、だろう。

アメリカは輸出補助金で国際市場をゆがめ、飢餓リスクを高めるという犯罪行為を行っている。日本のマスコミは関税を撤廃しても、アメリカのような直接支払制度を導入すればよいという。この財政難の折に、どこにそのような財源があるのだろう。「財政再建」「バラマキ反対」と叫び続けてきたマスコミが、虎の子の関税収入を失い、財政赤字を増やすような政策を支持するのは論理矛盾以外のなにものでもない。消費税は支持するマスコミが、関税は支持できないというのも、全く道理に反する。

さらなる財政支出の拡大が必要な補助金制度は導入すべきではない。適正な関税率を設定し、関税による保護を継続すべきなのである。

日本経団連やマスコミは「日本の農産物関税は異常に高率だ」という虚偽言説も広めてきた。

日本の農産物の平均関税率(加重平均ではない単純平均値)は12%で、EU の20%よりも低いくらいである。スイスは51%で、韓国は62%であり、日本の農産物関税率が過保護ということは全くない。何が異常なのかといえば、自国の農家をこれほどまでに悪者扱いするマスコミと財界の姿勢であろう。

アメリカの輸出補助金は、国際市場を歪め、飢餓リスクを高めているのに対し、日本が防御のための農産物関税を維持しても、飢餓リスクを抱える途上国には何ら悪影響は及ぼさない。

日本が食料自給率を高めることは自国を守る正当防衛のみならず、国際的食料不足のリスク減少につながる。日本が下手な援助などするよりも、よほど国際貢献になる政策といえるだろう。

自衛のための保護関税は、全く正当な行為である。それに対し米国の輪出のための保護主義は、他国の貧しい農家を経営破綻に追い込み、他国の国土を破壊し、飢餓を生み出すことにつながる。迷惑この上ないシロモノなのだ。自衛の保護主義は正当であり、攻撃の保護主義は不当なのである。


TPPという新戦略の意味

アメリカのような不公正な補助金によるダンピング輸出は、WTO でも問題とされてきた。綿花補助金に関して、アメリカは全面的に敗訴した。米国からしてみれば、自国の言いなりと思っていたWTO が、生意気にも途上国の言うことを聞いて、アメリカに向かって「輸出補助金を削減せよ」と要求をするようになったわけだ。面白くないことこの上ないのだろう。かくしてアメリカもドーハ・ラウンドに意欲を失い、交渉は行き詰ったというわけだ。

アメリカとしては、WTO を自国に都合のいいようにコントロールできなくなってきたことから、別の枠組みを模索する必要があった。そこで日を付けたのがTPP だったのではあるまいか。自国に不利になるドーハ・ラウンドにはさっさと見切りをつけ、TPP という自国主導の新たな枠組みの中で怒意的にルールを設定していこう、こういう目論見なのだろう。

WTO においですら、農産物は工業製品とは別のカテゴリーに分類され、農産物には暫定的に高い関税率が認められるなど、不十分とはいえ農業に対して幾ばくかの配慮はなされている。

しかるにTPP においては、農産物も工業製品も全く同列に扱って、例外なく関税を撤廃せよという。しかもTPP では輸入国側が一方的に関税の撤廃を強いられるのに、アメリカの輸出補助金制度は不問にされるだろう。WTO においですら、アメリカの輸出補助金制度は不公正と非難され削減を求められているにも関わらず。

TPP においては万事米国主導でルールが作られるから、米国にとって都合の悪いテーマは除外されるのだ。このような米国主導の身勝手な枠組みに丸裸で日本が飛び込むことは自殺行為以外の何物でもない。



自由貿易神話解体新書 から抜粋

 

 

 

 

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