自由貿易は先進国も途上国も利さない。

資本輸出がある場合の貿易理論

新興工業国の台頭が著しいのは、政府が戦略的に産業育成を図ったという他に、もう一つの要因を指摘しなければならない。今や戦略的な保護主義や産業育成政策を採らずとも、後発国には工業化のチャンスが広がっている。先進工業国からの資本輸出が活発化したためである。

リカードやヘクシャー=オリーンの貿易理論は、労働や資本という生産要素は国境を越えて移動せず、財のみが移動するというモデルであった。資本、労働、土地という三つの生産要素のうち、土地は元来が国境を越えて移動することは不可能なものである。労働は移動可能であるが依然として障壁は多くグローバル化した現代においてすら「自由な移動」にはほど遠い。

しかしながら、資本という生産要素のみは、国境を越えて容易に移動するようになった。生産の三要素のうち資本が自由に国境を超えるようになれば、「生産要素は移動せず、財のみが国境を超える」というリカードやヘクシャー=オリーン・モデルの前提は全く当てはまらない。

リストの保護関税論は、資本が国境を超えないということを前提にした上で、後発国が自力で先端的な工業部門を育成する際に有効な戦略であった。しかし財の貿易自由化と工場移転などの資本自由化をセットにすれば、リストの幼稚産業保護論もその有効性を失ってしまう。何となれば、国が懸命に技術開発のための財政支援をして育成した虎の子の産業が、ある日工場ごと外国に移転してしまい、あとには失業者と財政赤字のみが残ったということも起こってしまうからだ。法人税率が低い国を求めて企業が国際移動するようになれば、先進国の徴税機能は低下し、政府による所得再分配機能も失われていく。かくして、先進国において失業者と貧困層が増加していくことになる。

後発国の側から見れば、わざわざ苦労して産業を保護・育成などせずとも、低い賃金、低い環境基準、低い法人税率を売りものにすれば、先進国から先端技術ごと工場が移転してきでくれることになる。労せずして農業国から工業国に脱却できる。

かくして「自由貿易は先進国より途上国に有利」という言説が成立する。かつて一世を風廃した従属理論とは180度反対方向の議論である。貿易自由化に関して正反対の議論が成立するようになったのも、ニクソン・ショックとオイル・ショック以降、先進国から途上国への本輸出が活発化するようになって以降である。

自由貿易は途上国の発展を助けるのか?

…「自由貿易が途上国を利する」という言説に対する私の立場を述べておこう。WTO 加盟による貿易自由化によって、もっとも利益を受けてきた新興国として中国とインドが筆頭に挙げられよう。しかしながら、その両国において貿易自由化後、実際に起きているのは、都市部で新たに生み出される雇用よりも、農村で食べていけなくなって離農する元農民の数の方が多いという現象である。中国やインドでも失業率は減るどころか増えている。中国、インドとも農村はますます困窮し、貧富の格差は拡大し、国内は不安定化しているのである。

もし農産物貿易の自由化をともなわない、工業部門のみの自由化なのであれば、「貿易・資本のセットになった自由化は途上国に有利」という言説に一定の理はある。しかしながら、農産物部門の自由化をともなう限り、それは誤りである。農産物貿易の自由化もともなえば、新興国においても、豊かになる層よりも多くの人々を絶望のどん底に突き落とすのであり、失業と格差を拡大させ、国を不安定化させていく。…

自由貿易神話解体新書 から抜粋

 

 

 

 

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